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April 2, 2005
キルギスの二人連れ
「スミマセン、JICA(ジャイカ)ハドコデスカ?」
昨夜、マンションの目の前の自動販売機に缶コーヒーを買いに出た矢先、二人連れの外国人女性に声をかけられた。時計の針は、間もなく22時を差そうとしていた。
うちの近所には国際協力機構という行政法人の建物があり、実に様々な国籍の外国人が来日し、そこへ滞在しているのを知っていた。「JICA(ジャイカ)」はおそらく、その法人名を英語表記したときの頭文字を取った略称だろう。
改めて声の主に目を向けると、白人とアジア系の女性がこちらへ近づいて来た。二人は手ぶらで、白人の女性はアイスクリームを舐めていた。JICAに滞在中の二人が散歩に出かけたが、きっと、帰り道が分からなくなってしまったのだろう。俺はすぐに事情を察した。
「JICAは、すぐそこですよ。どうぞ、こちらへ。」
数十メートル先の角をひとつ曲がれば、後はJICAの建物まで真っ直ぐだ。俺は、そちらへ向かってゆっくりと歩き始めた。二人はニッコリと微笑み、俺の後に続いた。外国人にその国の言葉で何かを訪ね、相手に意志が通じた瞬間って嬉しいものだ。俺にもそうした経験が何度もある。
「ワタシタチハ、キルギスカラキマシタ。」
決して流暢ではないが、丁寧な日本語でイリナさん(白人の女性、後で名前を訊いた)がそう言った。
「キルギスは今、ライオット(※)で大変でしょう?」
俺は、そう答えた。
※「暴動」という日本語が通じなかった。旧ソビエト崩壊後の独立国キルギスタンは、腐敗した政権に腹を立てた民衆が暴徒と化して政府の建物を占拠したり、そこへ火を放ったりと、なかなか大変な事になっている。同国のアカエフ大統領に関しては、隣国のどこかへ逃げ出してしまった有様だ。
「ケンカシテマス!」
たまたま道を尋ねた日本人が、自国の内政事情を知っているのが驚きだったのだろう。イリナさんが、目を輝かせてそう答える。というより、ちょっと待って欲しい。祖国が暴動の真っ最中の外国人を相手に、家の目の前で道案内をするなんてのは、俺だって十分に驚きの出来事だ。
「後は、この道を真っ直ぐ行くだけですから。」
実際、目的の曲がり角にたどり着くまであっという間だった。
「チョット、マッテクダサイ。キルギスノオサツヲ、アゲマス。」
イリナさんは財布をゴソゴソとかき回し、小さな可愛らしい紙幣を俺に手渡してくれた。
「ありがとう。これは記念に、大切に取っておきますよ。」
俺はお礼の言葉と一緒に、二人のキルギスから来た女性と、お別れの短い握手を交わした。二人ともにこやかに微笑んでいた。
自宅のマンションに戻り、キルギスのお札をそっと机の上に置いた。そして、生ぬるくなってしまった缶コーヒーを飲んでから、電気を消してベッドにもぐり込んだ。エイプリルフールの晩に、狐につままれた気分がした。

キルギスの小さなお札(原寸大)は、朝目を覚ましてもきちんと机の上に置いてあった。肖像の男性は、キルギスの有名な歌手とのこと。

